人生にアシュタンガヨガがあって良かった
最近はめっきり個人的練習日記を書くことは減りましたが、 とっても久しぶりに個人的日記を書きたいと思います。
クラスに普段通っていただいている生徒さん達やシェリー先生にもお伝えしましたが、 ついこの前、実父が他界しました。
このブログにも時々書いていましたが、 2年前に体調を崩し、 それでも2年前のリンパ腫の発症、その克服、昨年のコロナ感染と入院、 と何度も命の危険があったけど、それらを乗り越えてきました。 でも2年前から父の介護のサポートが必要な状態となり、 もう気軽にインドに行けなくなった、なんて書いていました。
ヨガを長年 やっているからこの体、肉体は単なる魂の乗り物で亡くなったら単なる体は物体となり、セミの抜け殻みたいにヒトの抜け殻になるよなー、 と思っているつもりだったのだけれど、 実際に本当に大好きな父がもうこの世の人ではなくなってしまうととんでもなく心のダメージが大きすぎて、悲しすぎて、寂しくて、 今まで理解しているつもりだったことは本当に大切な人が亡くなってしまったら吹き飛んでしまいました
私がインドに行っている間、私がやっていた介護や買い物のサポートを弟夫婦に託し、インドから毎週父に電話していましたが12月の下旬、あと少しで日本に帰る、というタイミングで入院してしまいました。 その時、いや1月下旬まではまさかもうずっと会えなくなるなんで、思ってもみなくて、 父と「冬の寒い間は病院のほうが温いし、温かくなったら出てきたらいいよね」なんて笑いながら電話で話していました。
でも1月下旬には誤嚥性肺炎の重症になってしまい、一時は命も危なかったけれど回復した、と聞いても、父からの電話で「熱さがったから 大丈夫や」と聞くと、 どうせまた回復して退院してくるやろ、 と信じて疑いませんでした。
コロナ禍だから面会制限があり、会いたくてもなかなか会えず、相部屋から個室に移ったタイミングで10月末以来、帰国して初めて1月末に会えた時も 久しぶりに会えた、良かった、てことしかなくて 退院後の生活をどうサポートしていくか、ということしか頭にはなかったのに、 その2日後に会えたのと、2月18日の土曜日が生きている父に会えたのはそれが最後でした。
翌日の日曜日に電話で話せたのが本当の最後の父とのコミュニケーションでした。
インドに行ったのは間違いだったのか、とか頭をよぎったりもしていたら弟からは 「姉ちゃんがインドに行って資格もらってきたから良かった、て言ってたよ。 教室やってるならやっぱり資格もらっといたほうがいいしな、ておとん言ってた。」なんて言われてまた号泣。。
どうしようもなく悲しくて亡くなった日から眠れない日々が続き 泣いても泣いても 何かの拍子にまた泣いてしまうということが続いています。 火曜日に亡くなり、翌日ヨガマットの上にのって練習しようとしたけど、 スタンディングポーズの最後までもできませんでした。
昨日葬儀が終わり、 翌日の今日はやっとフルプライマリーの練習、なんとかできたけど、 レストポーズをすると また一人でどうしようもなく悲しさがあふれて泣いてしまう、 なんて、 自分でも なんだかなー。。 と思う精神状態が不安定なのが続いています。
クラスでもブログでも少しでも練習をする、 なんて言ったり書いたりしているけれど、 本当に心がどん底に落ち込むと集中なんてできないなー、と思いました。
でも今朝の練習は集中できなくても、 少しでもヨガマットの上に立っていつもの練習をすると、 自分の心の状態や体の状態を少しづつ通常モードに戻していけているような感覚になりました。
まだまだ全然 通常モードではないけれど、 今日 練習してみて やっぱり私にはアシュタンガヨガがあって良かった、と思ったのでした。
まだまだ父を亡くしたことを消化できていないし、もう私には親という存在はいなくなってしまったから これからじわじわと心の穴が広がっていってしまいそうですが 少しでもヨガマットの上に立って無心に呼吸とともに体を動かす、 ということをして心を回復させていけたらな、と思います。